オペラ「マノン・レスコー」は、アベ・プレヴォーの小説をオペラ化した、プッチーニの出世作です。主人公の女性「マノン・レスコー」は、ファム・ファタル(男を破滅させる女)の元祖とも言われています。
次々と男をとりこにする美女「マノン・レスコー」と、マノンによって運命を翻弄される若き男性「デ・グリュー」の悲劇が描かれた作品です。
マノン・レスコーの見どころ、聴きどころとしては、「何という美人」Donna non vidi mai、「柔らかなレースに包まれても」In quelle trine morbide、「一人寂しく」Sola, perduta, abbandonataがあります。
オペラ・歌劇「マノン・レスコー」の簡単なあらすじ
まだ恋を知らない、デ・グリュー。宿屋前で見かけた、美しいマノンに恋をする。同じくマノンに目をつけた、老いた財務大臣がいた。財務大臣が密かにマノンを誘拐しようとするが、先手を打ってデ・グリューとマノンが逃亡する。
マノンはデ・グリューとの貧乏暮らしが耐えられず、財務大臣と愛人契約。恵まれた暮らしをするが、満たされない。マノンとデ・グリューが再会したところに、財務大臣が現れ二人を責める。逆に、マノンは財務大臣の「老い」を責める。
老いた貴族によりマノンは訴えられて、フランスから流刑地アメリカへ。同行したデ・グリューの腕の中で、マノンの死。
「マノン・レスコー」の相関図

「マノン・レスコー」の登場人物
マノン・レスコー | 美女 | ソプラノ |
レナート・デ・グリュー | 騎士 | テノール |
レスコー | マノンの兄 | バリトン | |
ジェロンテ | 財務大臣 | バス | |
エドモンド | デ・グリューの友人 | テノール |
作曲プッチーニ・初演・原作・台本・上演時間
- 題名 Manon Lescaut マノン・レスコー
- 作曲 プッチーニ
- 初演 1893年2月1日 トリノ レージョ劇場
- 原作 アベ・プレヴォー「シュヴァリエ・デ・テグリューとマノン・レスコーの物語」
- 台本 ルッジェーロ・レオンカヴァッロ、マルコ・プラーガ、ドメーニコ・オリーヴァ、ルイージ・イリッカ、ジュゼッペ・ジャコーザ
- 言語 イタリア語
- 上演時間 2時間5分(第1幕35分 第2幕40分 間奏曲5分 第3幕20分 第4幕25分)
「マノン・レスコー」第1幕
フランス、パリ近くの町アミアン、宿屋の前
市民や兵士、学生らが通りを行き交う。
学生(エドモンド)
そよ風と星たちを伴ってやってくる、穏やかな夜よ。詩人や恋人たちのための親愛なる夜よ。
「穏やかな夜よ」Ave, sera gentile
学生たち
泥棒や酔っ払いの夜でもあるぞ。お前の詩をダメにしてしまったかな。
学生(エドモンド)
いいんだ。詩を作ろう。夜の女たちが来るぞ。さあ、口説こうぜ。
学生たちが女たちをそれぞれ口説き始める。デ・グリューがやって来る。
学生(エドモンド)
お前もナンパに加われよ。俺たちと愚かな冒険をしよう。返事はなしか。もしかして、手の届かない女を愛しているのか?

愛だって?僕は知らないよ。
学生(エドモンド)
いやいや、お前は何か隠しているな。秘密の恋?それとも失恋か?



いや、恋はまだなんだ。でも、君たちを喜ばせることならできるさ。こうやって女を口説けばいいんだろう。
(夜の女に)
あなたたちの中に、美しいブルネットや金髪の若い娘はいませんか。金髪の星は君だろうか。運命を教えてくれ。僕が恋に落ちるように、君を崇拝できるように、燃える顔を見せてくれ。
「あなた方の中に」Tra voi, belle
学生たちが笑い出す。娘たちは馬鹿にされたとわかり、怒って離れていく。馬車がやってきて、宿屋の前に止まる。馬車から、マノンの兄レスコー、財務大臣のジェロンテ、それからマノンが降りてくる。
学生たちと市民ら
エレガントな旅行者じゃないか。小柄で綺麗な女性がいるぞ。



宿屋の主人はいないか。今夜泊まりたい。
宿屋の前で、レスコーが宿屋の主人と話している。



なんて美しいんだ。
レスコーとジェロンテは、宿屋に入っていく。マノンは残って、街の様子を興味深そうに見ている。市民は去り、学生は離れた場所で酒を飲み始める。じっとマノンを見る、デ・グリュー。



美しいお嬢さん。あなたのお名前を教えて下さいますか。



私の名前は、マノン・レスコーです。



あなたに惹かれています。あなたの顔をどこかで見たことがあるような気がするのです。いつ、ここを離れる予定ですか?



明日、明け方に出発します。修道院に行くのです。



あなたのような美しい人が修道院に行くなんて。別の運命があります。一緒に策を練りましょう。どうか、もう一度会う機会を下さい。



あなたの勝ちです。暗くなったら、このあたりで会いましょう。
宿屋にいるレスコーの呼び声で、マノンは宿屋に入っていく。ひとり残った、デ・グリュー。



こんな女性を見たことがない。彼女に言うのだ。あなたを愛していますと。彼女はこう言った、「私の名前は、マノン・レスコーです。」と。薫り高い言葉が、僕の魂の中で漂っている。
「何という美人」Donna non vidi mai
「何という美人」Donna non vidi mai|マノン・レスコー
好み通りの金罰美女「マノン」に一目惚れした、デ・グリュー。


ふたりのやりとりを見ていた、学生たちがデ・グリューを冷やかす。デ・グリューは怒って去る。
マノンの兄レスコーと財務大臣のジェロンテが宿屋から出てくる。
財務大臣(ジェロンテ)
君の美しい妹、マノンは本当に修道院に行くのか?



父親が決めたことです。あなたはご旅行でこちらに?
財務大臣(ジェロンテ)
仕事ですよ。国の税を集める仕事をしているのでね。



(いい金づるだな。)あちらで一緒に飲みましょうよ。
財務大臣(ジェロンテ)
いいとも。いや、所用を思い出した。宿屋の主人に用事がな。
レスコーが立ち去り、ジェロンテは宿屋の主人を探す。
財務大臣(ジェロンテ)
(宿屋の主人に)裏に馬車を用意してくれ。内密にな。男と少女がパリに向かう。金ははずむぞ。
学生(エドモンド)がジェロンテの話を聞く。
学生(エドモンド)
とんでもない、女好きの老人だな。
デ・グリューが宿屋前に戻ってきた。
学生(エドモンド)
デ・グリュー、お前に勇気はあるかな。お前の美しい花が、老人に連れ去られようとしているぞ。



本当か?助けないと。協力してくれ。
学生(エドモンド)
ああ、うまくやるさ。
マノンがデ・グリューに会うために、宿屋の前に現れる。



約束は守りましたよ。あなたがとても熱心に頼むので、会いに来ました。もう会わないほうがいいと思ったのですけれど。
「二重唱」Vedete? Io son fedele



あなたの美しい顔には憂いは似合いませんよ。愛があなたに語りかけています。魅惑の波に身を委ねよと。愛しています。あなたの美しさは、あなたに輝く未来を与えるのです。
二人が語り合う横で、マノンの兄レスコーが学生たちに酒を勧められて酔っ払っている。



聞いて下さい。あなたの身が危険だ。金持ちの老人によって、あなたの誘拐が企てられています。



そんな!
慌てたように駆け寄ってくる、学生(エドモンド)。
学生(エドモンド)
馬車の用意ができたぞ。さあ、ふたりで行くんだ。



ここを離れるなんて。あなたが私を誘拐するの?



いいえ、愛があなたを連れ去るのです。一緒に逃げましょう。



行きましょう。
マノン、デ・グリュー、学生(エドモンド)は顔を隠して、馬車に向かう。ジェロンテが現れて、酔っ払っているマノンの兄レスコーを見る。
財務大臣(ジェロンテ)
(丁度いい。あいつの妹を誘拐するぞ。)宿屋の主人よ、マノンを呼び出してくれ。
学生(エドモンド)
彼女は出発しましたよ、ひとりの学生と。
ジェロンテはすぐにレスコーに声を掛ける。
財務大臣(ジェロンテ)
お前の妹が誘拐されたぞ。学生によってな。追いかけよう。
レスコーは学生たちをちらりと見て考える。



今から追いかけても仕方がない。どうせ行き先はパリだ。学生の金はすぐに尽きます。マノンは貧乏には耐えられない。そのときに妹は、あなたの申し出を受けるでしょう。
学生たちは陽気に騒ぎ出すが、じろりとレスコーが学生たちを睨む。レスコーとジェロンテは酒場に向かう。学生たちは一瞬静かになるが、また騒ぎ始める。
学生たち
老いたキツネには、新鮮なブドウは永遠に酸っぱいままなのさ。
「マノン・レスコー」第2幕
ジェロンテの屋敷、マノンの部屋
豪華な部屋で、マノンは白いバスローブをまとい、美容師らがマノンを取り囲んで髪を整えている。兄のレスコーがマノンの部屋を訪問。



髪がいまいちね。早く直してちょうだい。



今朝は機嫌が悪いようだな。
メイクや髪が完成し、白いローブを脱ぐと、華やかな装いになるマノン。美容師らはお辞儀して出て行く。



宿屋でお前が逃げたとき、私は希望を失わなかった。後日、お前を見つけたときには、貧しい暮らしをしていたな。立派な青年だよ。デ・グリューは。だが、金がない。お前が彼を捨てて、この宮殿を手に入れたのは、当然のことさ。



彼の消息を教えてちょうだい。別れも言わずに去ったから心配なの。
柔らかなレースに包まれている、あの黄金のベッドには沈黙がある。冷たい沈黙があり、私を凍らせるの。でも、もう私は慣れてしまった。情熱的な唇や腕を失った代わりに、今は別のものを持っている。
「柔らかなレースに包まれても」In quelle trine morbide
「柔らかなレースに包まれても」In quelle trine morbide|マノン・レスコー





デ・グリューは「マノンはどこか?」と何度も私に聞くよ。答えは「知らない」だ。今はお前を取り戻すために、金を稼ごうとしている。私が賭け事を教えてやったからな。



私のために、賭け事を!



賭け事は、いい金庫さ。だが、賭けにおぼれて、デ・グリューは自分の狂気に気がつかないで生きている。あいつは賭けの途中で聞くのさ、「マノンはどこだ?」と。
マノンは物思いに沈んで鏡をみるが、途中から自分に見とれる。



このドレスは似合っている?



綺麗だよ。
音楽家たちが入ってきて、歌を歌い始める。



ジェロンテが用意したのよ。お兄さん、この財布で彼らにお礼をして。
レスコーはマノンから受け取った財布を自分の懐に入れて、音楽家たちに声を掛ける。



芸術を馬鹿にするな。さあ、帰れ。
音楽家たちが帰っていく。



退屈だわ。
マノンのためのダンス教師と、ジェロンテ、男の客人らが部屋に入る。レスコーはひっそりと去る。



(退屈した女は危険だ。デ・グリューに何かやってもらうか。)
マノンが教師と共に踊りを踊っていると、ジェロンテや客人の男たちが賞賛する。ダンスの練習が終わり、ダンス教師や客人らが帰る。
財務大臣(ジェロンテ)
あとで、私たちの集まりに来ておくれ。待っているぞ。



少しお待ち下さいね。
ジェロンテが部屋を出て行く。マノンはすぐに手鏡で自分の顔を見る。



ああ、私が一番美しい!
突然、デ・グリューが部屋に入ってくる。



あなた、あなたね、愛しい人。私の計り知れない愛よ。
「二重唱」Tu, tù, amore



マノン!僕は暗い日々を過ごしてきた。



そんな目で私を見ないで。もう私を愛していないのね!この部屋を見て、素晴らしいの。私、お金持ちよ。部屋のものは、あなたのものでもあるわ。あなたに許しを求めるわ。信じて。私はあなたのものよ。



負けた。再び君に恋をしてしまう。
抱き合うふたり。部屋にジェロンテが入ってくる。マノンは叫び声を上げる。
財務大臣(ジェロンテ)
おやまあ、ここは私の家なのだが、それを忘れているのかね。今日は、お前のためのパーティーを開いていたのだ。私がお前に与えた、本当の愛のお返しがこれか!
マノンは手鏡を取って、ジェロンテに手鏡を向ける。



愛ですって?鏡であなたの顔を見て、私たちを見なさいよ!
財務大臣(ジェロンテ)
私は自分の義務を分かっている。すぐにでも立ち去ろう。(脅すように)さようなら、また会いましょう。
ジェロンテは部屋を出て行く。



自由だわ。私たち!



ここにいてはいけない。



こんなに素晴らしいものを置いていくのは、無理!



君の狂った考えが、君に僕を裏切らせるんだ。僕はあなたの奴隷で、犠牲者だ。悪名まみれで、泥まみれ。狂ったギャンブラーだ。言ってくれ、僕をどうするつもりだ?
「マノン、お前の愚かさが」Ah, manon, mi tradisce il tuo folle pensiero



善良になります。誓います!
レスコーがかろうじて息をしながら、部屋に駆け込んでくる。



ジェロンテがお前を訴えた!!兵がここに来るぞ。



さあ、行こう。



待って、この宝石がいるの。宝石を持って行かないと!



何をしている!兵が家を取り囲んだぞ。
兵とジェロンテが現れて、マノンは恐怖で隠し持った宝石をばらまく。ジェロンテが高笑い。デ・グリューが剣を抜こうとするが、レスコーに止められる。



待て、君が捕まったら、誰がマノンを助けるのか。
連行されるマノンを追いかけようとする、デ・グリュー。
「マノン・レスコー」間奏曲
マノン・レスコーの間奏曲では、プッチーニが学生時代に作曲した、管弦四重奏曲「菊」が使用されています。吹奏楽でもよく演奏されます。管弦四重奏曲「菊」とマノン・レスコーの間奏曲を聞き比べてみると、面白いですよ。
Puccini – Crisantemi 管弦四重奏曲「菊」YouTube動画
ムーティによる、マノン・レスコーの間奏曲
Puccini – Manon Lescaut – Intermezzo YouTube動画
「マノン・レスコー」第3幕
ル・アーブル港
薄暗い、夜明け前の港。港近くに、マノンが収容されている牢獄がある。デ・グリューとレスコーが身を隠している。



もうすぐ買収した兵に交代する。マノンに会えるぞ。すでに、マノンは私たちの計画を知っている。私と友人が騒ぎを起こすから、ふたりで逃げ出せ。
隙を見計らって、デ・グリューが牢に近づく。マノンは牢獄の中から、手を出して返事をする。



愛しい人!私を見捨てないで!



計画通りに、うまく行動してくれ。お願いだ。
突然、銃声が響き、レスコーが走ってくる。



作戦が失敗した!逃げてくれ。



逃げることはできない!逃げるくらいなら、ここで死ぬ。
デ・グリューが残って死のうとするので、牢からマノンが声を出す。



あなたが私を愛しているなら、逃げてください!
レスコーがデ・グリューを連れて行く。騒動で市民が集まり始め、夜が明ける。牢獄から女たちが出てくる。
軍曹
出航の準備ができた。女たちを船に乗せる。
女の名前が次々と呼ばれ、その場にいる市民が女を値踏みして、嘲笑する。レスコーが市民に紛れ込み、噂話を流し始める。



あそこにいるマノンという娘は、結婚式の日に男に略奪され、貴族のものになった。貴族の男はすぐに彼女に飽きて捨てられたのだ。あの青ざめている若者が、マノンの花婿だ。気の毒に。
市民
なんてむごい。気の毒に。
デ・グリューは、こっそりマノンの後ろに近づき、手を握る。



これが私の運命です。あなたは自分の家に戻って下さい。たぶん、あなたは私に充分に愛されていなかったわね。それが後悔よ。



僕が苦悩の中にいるのを見てくれ。すべてが涙に溶けていく。
軍曹が女たちやマノンを船に入れようとする。デ・グリューはマノンを抱きしめて手放さず、軍曹と騒動になる。レスコーの流した噂話のおかげで、市民がデ・グリューに対して応援のヤジをかける。
船長
なんの騒ぎだ。



見て下さい、僕は狂っている。泣いて慈悲を求めるのです。雇って下さい。どんな下働きでも喜んでします。
「見て下さい、僕は狂っている」Guardate, pazzo son
「見て下さい、僕は狂っている」Guardate, pazzo son|マノン・レスコー
マノンについていくために、船長に命を差し出す覚悟のデ・グリュー。


デ・グリューは船長にひざまずいて頼む。
船長
いいだろう。お前を船に乗せる。
デ・グリューとマノンは喜ぶ。様子を見ていたレスコーは頭を下げて、去って行く。
「マノン・レスコー」第4幕
ニューオーリンズの荒野
夕暮れに、やつれた姿でさまようマノンとデ・グリュー。



僕に寄りかかってくれ。



前に進みましょう。もうすぐ夜になる。
マノンが倒れる。



もうだめ。あなたは強いわね。女は弱いの。降参するわ。いいえ、ごめんなさい。少し休ませて欲しいだけなのよ。
マノン、気絶する。



マノン、聞いてくれ。金色の髪にキスをしよう。返事はないのか?ああ、彼女は熱がある!どうか、返事をしてくれ。



のどの渇きが私を苦しめる。愛しい人、助けて。
周辺を探し回るが、水は見つからない。



何もない。何もないんだ。乾燥した土地に水はない。



私はここで待つわ。地平線の向こうに行ってきて。よい知らせを持ってきてちょうだい。
デ・グリューは遠くまで探しに行くか迷うが、何度か振り返った後、決心して走り去る。



ひとり、迷い、見捨てられた、この荒野で。空が私の周りを暗くしていく。砂漠でひとり、死にたくない。私の致命的な美しさが、新たな火種をまいてしまった。すべてが終わる。
「一人寂しく」Sola, perduta, abbandonata
「一人寂しく」Sola, perduta, abbandonata|マノン・レスコー
一人荒野で、マノンは過去を思い出し後悔。


デ・グリューが戻る。



何もなかった。



私は死にます。もううまく言葉がでないけれど、これだけはあなたに言えます。あなたを愛しています。



マノン!



もうあなたの声が聞こえないわ。あなたが愛したかつてのマノンを覚えていますか?私の青春は明るかったかしら?私の罪は忘れ去れても、私の愛が死ぬことはないでしょう。
マノンの死。マノンの体の上に気絶する、デ・グリュー。
Opera Allureの英語版