オペラ「ホフマン物語」は、オペレッタ「天国と地獄(地獄のオルフェ)」で有名なオッフェンバックが残した作品です。オッフェンバックが最晩年に書き始め、未完で終わっているため、様々な版があります。
詩人のホフマンが、酒場で自分の3つの恋を語るという、オムニバス方式(一つの作品に、3つの短編)のオペラです。ホフマンには、芸術の女神ミューズが取り付いていて、ホフマンの恋の行方を見守ります。
オペラの人物ホフマンは、E.T.A.ホフマンのことです。実在の作家。バレエの「くるみ割り人形」などの原作者で知られる人物です。
オペラの中でホフマンが話す恋物語は、E.T.A.ホフマンの複雑怪奇な小説を原作としています。
オペラ・歌劇「ホフマン物語」の簡単なあらすじ
詩人のホフマンは、昔の恋人ステラとの道、芸術の女神ミューズとの道のどちらを選択するか、岐路に立っていた。ミューズは、ホフマンの友人ニクラウス(女神から男)に変身して、ホフマンを見守る。
からくり人形、歌手志望の娘、高級娼婦、それぞれの恋を酒場で語るホフマン。3人の女性はすべて昔の恋人ステラのこと。
ホフマンに会いに来たステラは、酔っ払った姿を見て立ち去る。ホフマンは、詩人の道へ進む。
「ホフマン物語」の相関図

「ホフマン物語」の登場人物
ホフマン | 詩人 | テノール |
ニクラウス・ミューズ | ホフマンの親友・女神 | メゾ・ソプラノ |
ステラ | 劇場のプリマドンナ | ソプラノ |
オランピア | からくり人形 | ソプラノ |
アントニア | 歌手志望の若い娘 | ソプラノ |
ジュリエッタ | 高級娼婦 | ソプラノ |
リンドルフ | 上院議員 | バリトン |
コッペリウス | 人形作り師 | バリトン |
ミラクル博士 | あやしい医者 | バリトン |
ダペルトゥット | 魔術師 | バリトン |
スパランザーニ | 科学者 | テノール |
クレスペル | アントニアの父 | バス |
シュレーミル | ジュリエッタの元恋人(影のない男) | バス |
ステラ、オランピア、アントニア、ジュリエッタを一人のソプラノ歌手が、上院議員、人形作り師、怪しい医者、魔術師(悪魔)は、一人のバリトンがやることがあります。
作曲オッフェンバック・初演・原作・台本・上演時間
- 題名 ホフマン物語 Les Contes d’Hoffmann
- 作曲 オッフェンバック
- 初演 1881年2月10日 パリ オペラ・コミック座
- 原作 E.T.A.ホフマンの小説
- 台本 ジュール・バルビエ
- 言語 フランス語
- 上演時間 2時間50分(第1幕30分 第2幕35分 第3幕35分 第4幕45分 第5幕25分)
オッフェンバックはドイツ生まれのユダヤ人ですが、フランスに帰化したので、フランス語で作品を書いています。
【解説】オペラ「ホフマン物語」3つの恋がわかる地図

- ドイツ・ニュルンベルク…酒場
- イタリア・ローマ…からくり人形との恋
- ドイツ・ミュンヘン…歌手志望の娘との恋
- イタリア・ヴェネツィア…高級娼婦との恋
「ホフマン物語」第1幕
前奏曲
ドイツ・ニュルンベルク、酒場
夜、酒瓶や酒樽のある酒場。
ワインの精、ビールの精
グルッ、グルッ。私はビール。私はワイン。グルッ、グルッ。人間の友達だよ。気だるさや心配事を遠くにやるんだ。
「グルッ、グルッ」Glou, glou, glou! Je suis la bière !
大きな酒樽からミューズが出てくる。

真実は井戸から出てきたと言われていますが、ミューズである私は酒樽から出てくるのです。詩人で音楽家の偉大な友、ホフマンは、水を飲まずに酒を飲みます。私は毎晩ここで酒を飲むホフマンを見守ってきました。
隣の劇場で、ホフマンの元恋人ステラ(プリマドンナ・オペラの主役)が舞台に立っています。運命の時が来たわ。ホフマンは、ステラかミューズの私か、選択しなければならない!



ことの成り行きを見守るため、ミューズから、ホフマンの友ニクラウスの姿に変身しましょう。
ニクラウスに変身したミューズは、小さな扉の影に隠れる。
酒場にやってきた上院議員。ステラの召使いから、金を渡してホフマンへの手紙を奪い取る。ニクラウスは、二人の会話を聞きながら、酒場を出て行く。
上院議員(リンドルフ)
ステラは昔の恋人を訪ねてきたと聞いていたが、相手はあの才能のあるホフマンだったとは。それに、ホフマンへ手紙まで!(手紙を開封し読む。)
ステラからホフマンへの手紙「あなたを愛しています。あなたを苦しめたことを許してくれるのなら、この鍵で私の部屋に来て下さい。」
思い悩む恋人役をするには、私は哀れで下手な役者だと知っている。だが、老いてはいても、負けないぞ!
「恋に悩む男の役をするには」Dans les rôles d’amoureux
上院議員が密かに決意していると、酒場の店員が大慌てで入ってくる。
酒場の人
さあ、オペラの幕間だぞ。ホフマンと馬鹿騒ぎが好きな若い連中がやってくるぞ。酒の準備だ。
作品中に出てくるオペラは、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」で、ステラは「ドンナ・アンナ」を演じていることになっています。


陽気な学生たちが、酒場に入って次々と注文していく。
学生たち
こっちにビールを、こっちにワインを。たっぷりと注いでくれ。劇場で歌う、ステラは素晴らしいな。ステラに乾杯だ!!
「学生たちの合唱」Tire lan laire
おい、ホフマンはどこにいる?いや、来たぞ!ホフマンが!
ホフマンとニクラウスが、酒場に姿を現す。恋敵のホフマンを上院議員が見ている。



(暗い様子で)やあ、皆さん。椅子、グラス、パイプ。



(茶化すように)ご主人様、私も同じように、椅子に座り、酒を飲み、煙草を楽しみたいのですが。
ホフマンは席についても、頭を抱えて憂鬱そうにしている。
学生たち
どうした、ホフマン何か悪いものにでもあたったのか?



今晩、劇場で再び会った…古い傷が…いや、人生は短い。さあ、飲んで歌って騒ぐぞ。クラインザックの物語を歌おう。
昔々、宮廷にクラインザックという男がおりました。クリッククラックと音が鳴る足に、クリッククラックと鳴る頭。彼の顔立ちは、顔立ちは…
(突然、立ち上がる)
彼女は、素敵な顔立ちだった。昔のように彼女を見た。かつて彼女を追って、森を抜け追いかけた。彼女の優しい声は、今でも僕の心に響いている。
「昔アイゼナックの宮廷に(クラインザックの伝説)」Il était une fois à la cour d’Eisenach
学生たち
誰のことを言っているの?クラインザックのこと?



いいや、何でもない。酒を飲み過ぎただけ!
ホフマンは学生たちとさらに酒を飲む。



このビールはまずいな。気分直しにパンチで。
「このビールはまずいな」Peuh! cette bière est détestable!
学生たち
気分直しにパンチでだな。
パンチ…酒、砂糖、レモン汁、水、紅茶または香辛料を混ぜたカクテル
学生たち
ホフマンは恋をしているんだろう。



やめてくれよ。もし僕がそうなってしまったら、悪魔が私を連れて行ってくれるだろうよ。
上院議員(リンドルフ)
ああ、不謹慎なことを。誓ってはいけませんよ。



(リンドルフに気がついて)悪魔の話をすると、悪魔の角に会うっていうのか。それで、悪魔のような存在は、どうやってここに入ってきた?親愛なる不幸の鳥よ。
上院議員(リンドルフ)
扉からですよ。酔っ払いのあなたと同じようにね。親愛なる毒人参よ。
毒人参(hemlockヘムロック)…切ったら臭い、セリ科の有毒植物。ソクラテスの処刑に毒薬として使われた。



(ふたりを止めて)昔ながらの礼儀作法の交換だな。森の木陰で、羊飼いたちがひとりの女を巡って、歌や声を交し合っていたんだろう。
酔っ払った学生たちは恋の話を始め、話をホフマンに振った。
学生たち
ホフマン、お前の恋人はさぞや宝物のようなんだろうな。



僕の恋人だって?
(独り言)(ステラだよ。一人の女の中に、3人の女を宿しているのさ。一つの心に3つの心だ。芸術家、若い女、高級娼婦!)
恋人なんていないさ!過去に3人の恋人ならいたよ。みんなは、狂気の愛の物語を聞きたいか?
学生たちは、ホフマンの恋物語を聞きたいと盛り上がる。上院議員もその場に残ることにした。
酒場の人
皆さん、オペラの幕が上がりますよ。
かまわずに、酒場に残る人々。ホフマンが、昔の恋愛を話し始める。



最初の女は、オランピア。
間奏曲
「ホフマン物語」第2幕
イタリア・ローマ、科学者の応接間
豪華な家具や調度品が置いてある、科学者の部屋。(科学者は娘を披露するために、客を招待している。)
科学者
倒産した会社の手形がある。なんとか金を取り戻したいが…まあ、幸いなことに今、人形作り師はいない。何かアイデアはないか。
おや、ホフマン。よく来たな、我が弟子よ!



早く来てしまったようですね。不出来な弟子ですみません。
科学者
謙遜はダメだぞ。君は詩人であり、音楽家でもある。そして、科学でも優秀だ。そうだ。私の娘オランピアを紹介しよう。
(急に厳かになって)
科学がすべてだよ。オランピアは高くついた。



(科学と娘に何の関係があるんだろう?)
科学者は用事があるからと、部屋を去る。ホフマンはオランピアの部屋を覗きこむ。



彼女だ。オランピアは、本当に美しいな。
「彼女だ」C’est elle!
ホフマンがオランピアをじっと見ているところに、ニクラウスが現れる。



ホフマン!ここにいると思ったよ。オランピアのことをよく知らないのに、いきなり愛の告白をするなんて、早まった真似をするな。窓越しに彼女を見ただけじゃないか!
手紙を書け!話しかけろ!歌を歌え!相手のことをよく知るんだ!



いいや、そんなことしなくていい。



それなら、僕がお前の代わりに歌ってやる!
七宝細工の眼をした人形は、扇を使い上手に歌う。踊って話して、まるで生きているよう。ぐるりと目を回して「愛している」と言ったのさ。
「七宝細工の眼をした人形」Une poupée aux yeux d’émail



なぜそんな歌を歌うんだ?オランピアは眠っているんだ。静かにしろ。
ニクラウスが呆れて立ち去ろうとすると、人形作り師がやって来てニクラウスに声を掛ける。
人形作り師(コッペリウス)
あの男は、オランピアを見ているのか?彼と話したい。



彼には何も聞こえてないよ。オランピアに夢中で。話が出来るようになるには、こうするしかない!
ニクラウスがホフマンの肩を強く叩く。



何か用事があるのか?
人形作り師(コッペリウス)
私は科学者の友達だ。気圧計、湿度計、温度計を持っている。現金払いなら安くするよ!
特別な眼鏡を見せよう。全てものを輝かせることの出来る魔法の眼鏡だ。
私は、本物の目玉を持っている。この目玉があれば、君の見たいものを見ることができるぞ。さあ、手に取りなさい。
「私は目玉を持っている」J’ai des yeux



本当なのかな。
人形作り師(コッペリウス)
眼鏡をかけて、世界を見てごらん。
ホフマンは半信半疑で眼鏡を掛ける。



オランピアに美しい光が!心に描いていた、美しい天使だ。



しっかりしろ!ホフマン。
人形作り師に金を払い、ホフマンは魔法の眼鏡を手に入れる。これ以降、ホフマンは魔法の眼鏡を掛けている。
科学者と人形作り師の密談。
科学者
オランピアの全ての権利を私に渡してくれれば、手形をやろう。
人形作り師(コッペリウス)
取引成立だ。ところで、いい考えがある。オランピア(人形)を結婚させよう。頭のおかしな若者(ホフマン)がお前に結婚の申し出をしてこなかったか?
科学者と人形作り師は「それはいい考えだ」と握手し合う。その場に来たホフマンは話がわからず、戸惑う。
科学者の応接間に集まった、招待客たち。
招待客ら
どんあ招待主でもこれほど豪華な夜会は開けない。
「合唱・どんな招待主でも」Non aucun hôte vraiment
科学者がオランピアを連れて入ってくる。
科学者
皆さんに私の娘を紹介しましょう。歌を披露しますよ。



美しい彼女を間近で見ることが出来る!



(呆れて)ああそうだな。絶世の美女だ。
科学者の召使いが楽器を用意して、オランピアが歌う。



並木の鳥たちやお日様が若い娘に声をかける。若い娘に。この可愛い歌は、オランピアの歌よ。
(科学者の召使いがやってきて、ねじまきの音)
心を高鳴らせ、切なさを歌う。この可愛い歌は、オランピアの歌よ。
「生け垣に小鳥たちが」Les oiseaux dans la charmille



オランピア、少しお話を。
科学者
うちの娘は疲れているので、後にして下さい。(いや、ホフマンを試してみよう。)娘を少しエスコートしてくれないか。
皆さん、スープの用意が出来たのでいきましょう。
ホフマンとオランピアを残して、招待客らが部屋を出て行く。



オランピア、やっとふたりきりになれたね。魅惑的な瞳で僕を見てくれ。(オランピアの肩を触る。)



ええ!ええ!



なんて、素直な返事。僕を愛してくれているんだね。僕たちの心は永遠に結ばれる。ふたりで生きるんだ。幸福と苦しみを分かち合おう。
ホフマンが情熱的に手を握ると、オランピアは壊れたように部屋を動き回る。オランピアについて回る、ホフマン。部屋に入ってきた、ニクラウスが呆れる。



お前の愛しい人は、招待客になんと言われているか知っているか。死んでいるか、生きていないとさ。向こうではみんな踊っている。彼女と一緒に踊れば、彼女が生きているのか、お前にもわかるさ。



彼女を笑うなんて、招待客は愚か者だ。僕たちは愛し合っている!



まあ、とりあえず踊るんだな。行こう。
ホフマンとニクラウスが部屋を出て行くと、怒りの形相の人形作り師が入ってくる。
人形作り師(コッペリウス)
科学者に騙された!あいつが渡した手形は、金にならない紙くずだった。覚えてろよ!
人形作り師は隣の部屋に隠れ、招待客らが部屋に戻ってくる。
科学者
娘のオランピア。さあ、ホフマンと踊ってやれ。(オランピアの背中を触る。)



ええ!ええ!
ホフマンとオランピアはワルツを踊り始めるが、次第に踊りが早くなっていく。



大変だ。ホフマンが大けがをするぞ!
ニクラウスが踊りを止めようとするが止まらない。科学者がオランピアに飛びついて、踊りを止める。ホフマンは長いすに倒れて気絶。オランピアは科学者の召使いに付き添われて部屋を出て行く。
科学者
眼鏡が壊れただけで、ホフマンは無事だ。
ホフマンは目を覚ますが、部屋の外で何かか壊れる大きな音が聞こえてくる。
人形作り師(コッペリウス)
復讐だ。人形を壊してやる!
人形作り師と科学者が罵りあう。壊れたオランピアを見て、ショックを受けるホフマン。



彼女はからくり人形だったのか。ただのからくり人形!!
招待客らが、からくり人形に恋をしたホフマンを笑う。
「ホフマン物語」第3幕
ドイツ・ミュンヘン、歌手志望の娘・アントニアの家
日没後、薄暗く不可思議な雰囲気の部屋。壁にはヴァイオリン、中央にチェンバロ(グランドピアノのような形の鍵盤楽器)が置いてある。部屋には、アントニアの母の大きな肖像画が飾ってある。一人で歌を歌うアントニア。



雉鳩は逃げた。あなたから遠くへ。でも、あなたへの誓いは守っているわ。愛する人よ、私の心はあなたのもの。
「逃げていった雉鳩は」Elle a fui, la tourterelle!
部屋の中に、アントニアの父が入ってくる。
アントニアの父
娘よ、二度と歌わないと約束したじゃないか。



(女性の肖像画を見て)歌いながら、母の姿が甦ったの。まるで母の声が聞こえるようでした。
アントニアの父
お前の母の声を思い出すからやめてくれ。
(ホフマンが娘に歌を歌う陶酔を教えたんだ。彼から娘を引き離そうと、ミュンヘンに引っ越したのに。)
使用人よ、私は出かける!お前は耳が遠くて心配だが、娘の部屋に誰も入れないように!
アントニアの父は、使用人に誰も中に入れないように申しつけて、部屋を出て行く。
耳の遠い使用人
昼も夜も、努力しているんだ。それなのに、旦那様はいつも怒っている。一人で時々歌う。だけど、上手に歌うのは難しいな。
「朝から晩まで汗水たらし」Jour et nuit je me mets en quatre
歌いながら調子外れの声を出したり、踊り始めてこける使用人。ホフマンとニクラウスが訪問。普通の声量では話が通じない。



(大声)アントニアに会わせろ!
耳の遠い使用人
(大声)いいですよ。旦那様も訪問を喜ぶでしょう!
使用人が去り、残るホフマンとニクラウス。



やっと分かる。彼女が何も言わずに遠くに去ったのかを。



からくり人形に恋をして大変な目にあったが、今回も大丈夫か?アントニアは芸術家だ。だから、彼女の心は風変わりだ。(壁にあるヴァイオリンを手に取り)見たまえ、わななく弓の下で。この楽器のように、彼女は風変わり。
「見たまえ、わななく弓の下で」Vois sous l’archet frémissant
歌うニクラウスを無視しして、ホフマンはチェンバロを鳴らして歌う。



彼女はもうすぐ来る!アントニアのために詩を作ったんだ。「これは恋の歌。遠くに飛び去る…」
「飛び去る愛の歌」C’est une chanson d’amour
「これは恋の歌。遠くに…」アントニアが亡くなるときに、この歌を歌う。



ホフマン!
二人は抱き合って再会を喜ぶ。「お邪魔なようなので」とニクラウスは部屋を出て行く。



なぜ君は突然去ったんだ。何も言わないで。もしかして、君の父親が僕から君を引き離したのか?不思議な謎を解かなくては。



私とあなたを結びつけたのは、私の父ですよ。



愛し合っているのだから、明日には、僕たちは夫婦になろう。



明日には、あなたは私の夫。
(物音)
大変。父が来るわ。隣の部屋に行きましょう。



(ここに残って、彼女が突然去った謎を解かなければ。)
アントニアは隣の部屋に行き、ホフマンは部屋の片隅に隠れる。部屋にアントニアの父が入ってきた。
アントニアの父
誰も部屋に入っていないな。ホフマンがここにいたような気がしたが。
耳の遠い使用人
旦那様、医者が来ましたよ。
アントニアの父
とんでもない。あいつは医者ではない。妻だけでなく、娘の命まで取ろうと狙っている男だ。追い払ってしまえ。
怪しい医者が突然現れ、使用人は逃げ出す。
怪しい医者(ミラクル博士)
娘さんを私に診せなさい。あの子が母親から受け継いだ病を私が治してやろう。彼女の所に案内しろ。
アントニアの父
お前が妻の命を奪い取ったんだ。娘には絶対近づけない。
怪しい医者(ミラクル博士)
娘さんを直接見なくても、私は診察できるんだ。なになに、脈が早い。お嬢さん、歌を歌いなさい。お気の毒に、瀕死の状態だ。
もし娘さんを救いたいなら、この小瓶を飲ませるのです。
透明人間を相手に診察する医者。その様子をみて、ホフマンは驚愕。



(アントニアを死から救わないと。悪魔よ、立ち去ってくれ。)
アントニアの父
娘は絶対に歌わせない!娘を死なせてなるものか!そんな小瓶もいらない。悪魔よ、立ち去れ!
アントニアの父が怪しい医者を扉から追い出す。なぜか壁を通り抜け、また医者が入ってくる。
怪しい医者(ミラクル博士)
この小瓶が必要でしょう…
アントニアの父は、医者を必死に追い払い、ふたりは部屋から出ていく。残ったホフマン。



アントニア!彼女がもう歌えないなんて。この犠牲を彼女は受け入れてくれるだろうか。
アントニアが隣の部屋から出てくる。



私の父はなんと言っていましたか?



落ち着いて聞いてくれ。歌手になる夢を諦めてくれ。新しい人生をふたりで歩いて行こう。



…いいわ。受け入れるわ。
ホフマンは「また明日くるから」と帰る。



ホフマンは父の味方になってしまったのね。でも、涙は流さない。彼と約束したもの。もう歌わないわ。
アントニアの背後に現れる、怪しい医者。耳元でささやく。
怪しい医者(ミラクル博士)
もう歌わないのか?美しさと才能を持つお前は、その力を埋もれさせるのか?才能は、お前にどのような幸せをもたらすはずだったのか?
舞台照明の下、観客の熱い視線、喝采が聞こえないのか?
「三重唱・もう歌わないのか」Tu ne chanteras plus?



どこかへ去って。悪魔め!愛する人と約束したのよ。歌わないわ。でも、誘惑に負けそう。誰が私を救ってくれるの?
(壁にかかった母親の肖像画を見て)お母さん。
怪しい医者(ミラクル博士)
お前の母だと。私の声を通して話しているのは、母なのだぞ。
肖像画
アントニア!愛しい子。よく聞きなさい。歌い続けなさい、我が娘よ!
アントニアの父が慌てて部屋に入ってくる。
アントニアの父
我が子よ、娘よ。
「我が子よ、娘よ」Mon enfant! ma fille!



お父さん、お母さんが戻ってきたわ。私を呼んでいるの。「これは恋の歌。遠くに飛び去る…」
「これは恋の歌。遠くに…」ホフマンが作った歌
アントニアは歌い始め、亡くなる。
アントニアの父
これはホフマンのせいに違いない。
ホフマンとニクラウスが訪問。アントニアの父がホフマンに刃物を持って襲いかかろうとするが、ニクラウスが止める。



気の毒な人だ。



アントニア、大丈夫か?急いで、誰か医者を!
どこからともなく医者が現れる。
怪しい医者(ミラクル博士)
来ましたよ、すでに亡くなっている。
アントニアの父とホフマンが悲しみ、使用人がやってきてアントニアに祈りを捧げる。
「ホフマン物語」第4幕
イタリア・ヴェネツィア、運河に面した邸宅
夜、運河にゴンドラが浮かぶ邸宅。邸宅には多くの紳士たちがいる。ホフマンは椅子に座って運河を見ている。ゴンドラの中に、ニクラウスと高級娼婦のジュリエッタ。



美しい夜、恋の夜。



時は過ぎ去り、二度と戻らない。
「ホフマンの舟歌」Barcarolle
夜のヴェネツィアにぴったりな、幻想的な二重唱。


二人のゴンドラが戻ってきた。ジュリエッタの使用人が、ホフマンに対して「ジュリエッタを褒め称えない」と不満を言っている。



あの使用人は、何で怒っているのか?ホフマンは酒好きで、あなたに敬意を払っていますよ。



彼はお酒好きなのね。私の女の子たちをホフマンに紹介するわ。



ホフマンは婚約者を失ったばかりだからね。恋には興味がないよ。



それでは、彼の求めるものは何かしら?
ニクラウスとジュリエッタの会話に入ってきたホフマン。



賭け事に勝つことですよ。さあ、みんなで酒を飲み、賭けをしよう。
欲望に心を燃やせ。愛を楽しもう。愛に悩むやつは地獄に落ちろ。束の間の天国を楽しむのだ。
「欲望に心を燃やせ 」Que d’un brûlant désir
ホフマンと客たちが盛り上がっていると、邸宅に不機嫌そうな男が入ってきた。
影をなくした男
大騒ぎだ。ジュリエッタ、君は恋人がいないかのように振る舞うのがうまいな。



高級娼婦としての仕事がありますからね。
ジュリエッタは使用人に「あの方(悪魔)はどこにいるの?」と聞く。「もうすぐいらっしゃいます。」と使用人。



さあ、皆さん。賭け事をしましょうよ。楽しく遊びましょう。
ホフマンがジュリエッタに手を差し伸べると、影のない男が邪魔に入り彼女の手を取り、中に入っていく。残った、ホフマンとニクラウス。



手持ちの金がないのに、どうやって賭けで遊ぶんだ?



なんとかなるさ。賭け事に勝てばいい。悪魔にだって勝ってやる。
ふたりにゴンドラから声が掛かる。
悪魔(ダペルトゥット)
ホフマンさん、ジュリエッタが屋敷であなたをお待ちですよ。さあ、中に入るのです。



なぜ、私の名前をご存じなのですか?
男は「ジュリエッタと古くからつきあいがあるのでね」と答える。ホフマンとニクラウスは、屋敷に入る。
悪魔(ダペルトゥット)
あの影のない男をくたばらせたいんだ。それには、ホフマンとあの男を決闘させねばならなない。さあ、ジュリエッタ。うまくホフマンを誘惑してくれ。
回れ、鏡よ、ヒバリはそれに引っかかる。輝け、ダイヤモンド。ヒバリはそれに魅了される。女もヒバリも甘い誘惑には勝てないのだ。
「回れ回れ鏡よ」Tourne, tourne, miroir
屋敷から、悪魔のいるゴンドラにジュリエッタと使用人が戻ってくる。悪魔は彼女に指輪をはめる。



あなたのしもべに、何をお望みなのかしら?
悪魔(ダペルトゥット)
話が早いな。あの男を誘惑して、男自ら影をプレゼントさせた女だけあるな。それで、今回はホフマンの鏡像(鏡に映った姿)が欲しくなった。
お前でも難しいかもしれない。ホフマンはお前を気にしていない様子だったからな。ヤツは誘惑されないかも。



(ムカッときて)そんなことないわ!でも、私に執着する、影のない男が邪魔をするに違いないわ。
悪魔(ダペルトゥット)
もう影をなくした男は、用済みだよ。すでにあいつの魂は手に入れているのだからな。あいつが死んでもかまわない。
それよりも、ホフマンの鏡像(鏡に映った姿)が欲しい。お前が誘惑すれば、ホフマンは自ら、自分の鏡像をお前に渡すだろうさ。



いいわ。うまくやる。
ジュリエッタは屋敷に入っていく。悪魔とジュリエッタの使用人は「女は俺たちよりたちが悪い」とぼやきながら、屋敷に入る。
屋敷の中の賭博場
華やかな賭博場。着飾った男女、ホフマンらが賭け事をしている。その場を盛り上げるため、ジュリエッタと高級娼婦の娘たちが歌を歌う。ジュリエッタはホフマンに近づく。



(ホフマンにささやく)女神のお気に入りになると、幸運が舞い込むわ。



いいぞ。
ジュリエッタがささやくが、ホフマンは賭け事に夢中で気がつかない。



ホフマン、勝ったわ!幸運の女神に乾杯ね。
影をなくした男
いいや、売春婦の女神だろ!
ホフマンは賭に勝ち、ニクラウスと相談する。



ニクラウス。どれだけ金をつぎ込んでいいのか、わからない。



仕方ないな。僕の財布を貸すよ。お前が金を借りたいときは言ってくれ。



ホフマン、女神は気まぐれよ。勝つときもあれば、負けるときも。慎重にね。
影をなくした男
ジュリエッタ。お前は俺の女なのに、どうしてホフマンにかまうんだ。



私が誰に対しても礼儀正しくて、何か問題があるというの?
ジュリエッタを激しく罵る、影のない男。ホフマンは止めに入る。



やめろ。女性を罵るより、女性をいたわる言葉を言う方が、ジュリエッタの心を掴めますよ。
(小声で)ニクラウス。見ろ、あいつには影がない。



影がないって?
影をなくした男
そうだ。影を渡す代わりに、俺は貴重な宝物を手に入れたんだ。光を持ってこい。本当に影がないかわかるだろう!!
貴重な宝物…夜ごと、ジュリエッタを閉じ込める部屋の鍵
使用人たちが光を持ってきて、男に当てると影がない。騒然とする。



女の子たち!お客様を遊ばせるのよ。皆様遊びにいらしたのだから!
(ホフマンとニクラウスに向かって)ごめんなさいね。あの人は、薄気味悪い冗談を言う人ですわ。
客たちは娼婦たちに連れられて賭けに戻り、ホフマンと影のない男も賭けを始める。



ホフマン。そろそろやめて、去らないか。言うことを聞け!!



誰に幸運が来るか、わからない。やめないぞ。
賭け事をしながら、3人の思惑。



(賭けろ!お前たちは負けるんだ。泣き崩れている間に、私はいなくなるわ。)



(賭けに勝つんだ。たくさんの金を持ち帰ってやる!)
影をなくした男
(あいつが欲望に負ければ、勝ちは俺のもの。絶対に勝ってやる。)



よし、こうなったら、全て賭けてやる!



やめろ、僕たち文無しになるぞ!!
騒々しく、賭けのテーブルが盛り上がる中、ホフマンは突然立ち上がる。



やめた!
ホフマンが去り、ニクラウスが追いかけようとすると、悪魔が「続きをやりましょう」と手を離さない。
立ち去るホフマンを追いかける、ジュリエッタ。



このまま行かないで。どうしたというのです?



(皮肉っぽく)君は僕には高い女だよ。



…意地の悪いことを言うのね。さあ、行ってちょうだい。
(顔を背けて、涙)華やかな世界の裏で、悲しみや苦悩を隠しているのを誰も分かってくれないわ。



ジュリエッタ。僕がその悲しみから…



ホフマン、急いでここから立ち去ろう。幸いにも僕たちには馬がある。路地で待ち合わせしよう!!
ニクラウスはそう言って、部屋を飛び出す。



ニクラウスの言うことは、本当です。あなたは危険な状況なのです。私も後で、あなたに追いつくから、今はすぐに去って下さい。



そんな君を愛しているのに、立ち去れない。



(密かに、にやり)私はここを立ち去れない。影のない男が、毎晩私を部屋に閉じ込め鍵を掛けているのよ。



僕が、鍵を奪い取ろう。



うまくいけば、私はあなたのものよ。それまで、私の心がくじけないように、あなたの鏡像が欲しいわ。
この鏡を見て、愛しいあなたの姿が映っている。あなたの鏡に映った姿を、私の心に閉じ込めるのよ!



そんなことができるのか?でも、君の願いだ。叶えよう。
鏡の中から、ホフマンの姿が消える。
人々が集まり、ホフマンと影をなくした男が、決闘騒ぎになる。
悪魔(ダペルトゥット)
おやまあ、あなたは鏡に映らなくなったようで!



本当だ。鏡に映っていない。
影をなくした男
あはは、お前も仲間か、友だな。
ゴンドラの見える、邸宅前



パーティーはお開きですわ。皆様、お帰りになって。
ジュリエッタはホフマンをじっと見つめてから、屋敷に入っていく。悪魔とジュリエッタの使用人はその場に残る。



さあ、ホフマン、僕らも帰ろう。



いや、まだだ。先に行ってくれ。
ニクラウスは、心配しながらも立ち去る。



おまえ、ジュリエッタを閉じ込める鍵を渡すんだ。
影をなくした男
命に賭けても渡すものか。
悪魔(ダペルトゥット)
それでは、私が決闘を仕切ろう。
ホフマンと影をなくした男が決闘。男が死ぬ。ホフマンは男から、ジュリエッタを閉じ込めるという鍵をとり、屋敷に入っていく。
悪魔(ダペルトゥット)
使用人よ、警察を呼びに行け。俺は恋人の所に戻るかな。
ニクラウスが騒ぎを聞きつけて、屋敷にいるホフマンを連れ戻す。



ホフマン、何をやっている。警察が来るぞ!ゴンドラにいる、あいつらを見るんだ。
ニクラウスが指さした先には、悪魔とジュリエッタが恋人のように抱き合い、ゴンドラに乗って去って行く。
「ホフマン物語」第5幕
ドイツ・ニュルンベルク、酒場
ホフマンは話し終わり、隣の劇場はステラへの喝采が響いている。



これが、僕の恋物語さ。ああ、ステラ!
上院議員(リンドルフ)
(もう心配ないな。ステラは私のものだ。)
上院議員は酒場から立ち去る。
学生
なぜ、ステラの名を?



まだわからないの?3人の恋人は、一人の女のことさ。オランピア、アントニア、ジュリエッタは、ステラのことさ。
ホフマンと学生たちは、さらに酒を飲み酔っ払う。
酒場の扉が開き、ステラが入ってくる。



(ホフマンの決断の時だ。)
ステラがホフマンの方へ近づいていくが、酔っ払うホフマンの様子に気がつき立ち止まる。



どこかでお見かけしたような?オランピア、いや、壊れた。アントニア、死んだな。ジュリエッタは、地獄に行った。
ステラの横に上院議員が現れて、エスコートする。
上院議員(リンドルフ)
失礼、マダム。お手をどうぞ。(使用人に)車を!
ステラを連れて出て行こうとする上院議員を引き止める。



お待ちを、上院議員。クラインザックの話は未完ですよ。あなたのために、最後の一節を歌いましょう。
ホフマンと学生たちは酔っ払いながら歌い、ステラと上院議員は酒場を出て行く。



可哀相なホフマン。酔いつぶれてしまった。
恋の夢は忘れなさい。もう人間ではなくなったわ。あなたは、詩人に生まれ変わったのよ。
ニクラウスからミューズへ、元の姿に戻りましょう。



あなたの心の灰から、才能が燃え立つのです。



あなたの心の灰から、才能が燃え立つのです。
いつのまにか、ホフマン一人になっている。ホフマンが、ミューズの言葉をつぶやく。
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「ホフマン物語」は公演が多い方です。機会があれば、ぜひ。